みーかじわらびうた
 


ムーチーの由来

首里金城町の石畳(琉球王朝時代に王様や武士が使った道で、第2次世界大戦の戦火を逃れ、300mだけ残っています(現在は観光スポットで首里城近くに位置します)

この近くにある大赤木のある場所にムーチーにまつわる御嶽があります。

そして、そのムーチーの由来とは?


首里金城町の石畳
月桃の葉で包まれたムーチー
最近では紅芋・黒砂糖・田芋等様々な味がある


現在の那覇市首里金城町に兄と妹の二人の兄妹がすんでいました。

兄の方は暴れ者で首里の町から追いやられて南風原の方に移り住み家畜等を襲いそのうち人間までも襲い食べてしまうようになり鬼へと姿を変えていきました。

そこで妹はこれではいけないと鬼退治を試みます、兄の好きだった餅を作り一つは普通の餅を兄の方に渡す餅には釘を仕込み、兄を誘い出しました、見晴らしのいい崖を選び、そこで兄と一緒に餅を食べ始めました。
釘入りの餅を食べた兄は、美味しそうに餅を食べる妹に驚き、後ずさりし崖下へと転落しました。
その日が旧暦の12/8にあたり、今では家族の健康を願い餅(ムーチー)を作って祝うようになりました。

その年、赤ちゃんの生まれた家は一回り大きな力(ちから)ムーチーを作ってその子の健やかな成長を願って作り、家族や親戚、隣近所に配ったりします。

今では家族皆で創ったり御供えしたりって少なくなっています。

首里金城町の石畳近く大赤木のある場所に、大小二つの御嶽があり、その兄妹の住んでいた屋敷跡の御嶽と、兄の墓と言われる御嶽があります。

兄妹が住んでいたといわれる場所
今はウタキとして祀られている
 

兄の墓と言われる御嶽
なんと兄の角が祀られていると言われている


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